“ソーシャルディスタンス”か“ソーシャルディスタンシング”か

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、世間では“外出の自粛を要請”やら”ソーシャルディスタンス”といったことばが飛び交うようになった。“ソーシャルディスタンス”を漢語で表現したらしい“社会的距離”なることばも聞こえるようになった。

日本語における“ソーシャルディスタンス”の用例

現在、日本語のニュース等で観測される“ソーシャルディスタンス”を使った用例には次のようなものがある。

  • ソーシャルディスタンスをとる
  • ソーシャルディスタンスを守る
  • ソーシャルディスタンスを保つ
  • ソーシャルディスタンスを確保する
  • ソーシャルディスタンスをお願いする
  • ソーシャルディスタンスを呼びかける
  • ソーシャルディスタンスを意識する
  • ソーシャルディスタンスを広げる
  • ソーシャルディスタンスを示す
  • ソーシャルディスタンスの励行
  • ソーシャルディスタンスの実施
  • ソーシャルディスタンスの維持
  • ソーシャルディスタンスの規制
  • ソーシャルディスタンスの徹底
  • ソーシャルディスタンスの単位
  • ソーシャルディスタンスの措置
  • ソーシャルディスタンスの取り組み

用例を眺めていて思うに、日本語の中の外来語としての“ソーシャルディスタンス”ということばには、二つの解釈があろう。一つは「人と人との距離」、もう一つは「人と人との距離をあけること」である。「距離」のみを意味すると思われるものは「とる」「保つ」「確保する」「広げる」「示す」「維持」「単位」につながる用例である。「距離をあけること」のみを意味すると思われるものは「お願いする」「呼びかける」「励行」「実施」「徹底」「措置」「取り組み」につながる用例である。「距離」と「距離をあけること」の両方にとれるものは「守る」「意識する」につながる用例である。少し迷うのが「規制」につながる用例で、「距離の規制」ならなんとなくよさそうだが、「距離をあけることの規制」というと距離をあけてはいけないような施策になってしまいそうである。となると「規制」につながる用例も「距離」のみを意味すると考えてよいのかもしれない。

用例から“ソーシャルディスタンス”には「人と人との距離」と「人と人との距離をあけること」という二つの意味に使われていることがわかった。そうすると、“ソーシャルディスタンス”=“社会的距離”と完全にイコールで結ぶことはできなさそうである。なぜなら“社会的距離”はやはり「距離」のみで、「距離をあけること」の意味で使うことは難しいからである。

“Social distance”と“Social distancing”

さて、“ソーシャルディスタンス”というからには、元は英語であったのだろう。オックスフォード英語辞典(OED)のオンライン版を見てみると、“Social distance”の項目は確かにある。2020年4月28日時点では“Social distance”は名詞扱いで二項の語釈がある。第一項は「The perceived or desired degree of…」で、第二項は「The physical distance maintained…」と詳細は省くが、どちらも「距離」のことである。社会学で使われる用語のようで、感染症対策とは関係なさそうだ。一方、“Social distancing”のほうを見てみると、こちらも名詞扱いで二項の語釈がある。第一項、第二項とも「The action or practice of…」で、「(他人からの)距離を維持する行為」という意味である。特に第二項には、感染症を防ぐために人との接触を制限することというようなことが書かれているため、現在さかんに使用されているのはこちらの用法であろう。

なるほど、WHO(世界保健機関)やCDC(アメリカ疾病予防管理センター)のウェブサイトを見ると、確かに“Social distance”ではなくて“Social distancing”のほうが使われている。次のCDCの“Social distancing”に関する解説ページが参考になる。

Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)
Coronavirus disease 2019 (COVID-19) is a virus (more specifically, a coronavirus) identified as the cause of an outbreak of respiratory illness first detected i...

上掲リンク先を見ると、“Social distancing”はOEDに名詞扱いされているとおり単独で動詞にはなれないようで、「practice social distancing」のように他動詞”practice”の目的語として機能している。

つまり、感染症対策で「人と人との距離をあけること」という意味のことばに英語で“Social distancing”という言い方があり、それが日本語に入る段階で“ソーシャルディスタンス”ということばになり、その“ソーシャルディスタンス”は日本語のなかで「人と人との距離をあけること」のみならず「人と人との距離」という意味でも使われるようになったということであろう。

英語“Social distancing”のOEDによる第二項の語釈の最も早い用例は2004年となっており、2009年の新型インフルエンザの流行にともない、広がった言い方であろうと思われる。2009年の日本でもこのことばは専門家の間では共有されていたかもしれないが、それがどういう日本語になっていたかはよくわからない。2009年は私も日本にいなかったので、日本語のニュース等でどういう表現をされていたかもよく知らない。

なお、英語でも“Social distancing”という言い方がわかりにくいせいか、“Physical distancing”に言い換えようという動きもあるそうだ。それを受けて“フィジカルディスタンシング”や“身体的距離”といった言い方も見えはじめているが、どちらにせよわかりにくさは否めない。

“ソーシャルディスタンス”の拡散

最近になって日本語で“ソーシャルディスタンス”という言い方が広まってきたのは、小池百合子東京都知事の会見からであろうか。都知事の会見をさかのぼってみると、2020年4月6日に次のようなことを言っている。

そしてこれまでも都民に皆様には、3つの密、密閉、密集、密接、この3つの密を避ける行動、そして週末の外出自粛、そして夜の飲食店での集団での感染が多発していますので、夜間の外出の自粛などを徹底してまいったところでございます。また、やむを得ず外出される際には、行列を作らないで人と人との間隔を約2メーター確保するようにお気を付けいただきたいと存じます。いわゆるソーシャルディスタンス社会的距離と言っているものであります。今回の法律に基づく徹底した外出の自粛の要請でありますけれども、皆様ご自身を守るためです。そして家族を守るため、大切な人を守るため、そして私たちが生活するこの社会を守るためです。この趣旨、是非とも改めてご理解いただきたいと存じます。

小池知事「知事の部屋」/記者会見(令和2年4月6日)https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2020/04/06.html

探せばもっとさかのぼれるだろうし、社会学などの専門家の方々は以前から使っていたかもしれないが、ニュース等でさかんに言われ始めたのはこの都知事会見以降だと思う。

“ソーシャルディスタンシング”という言い方との比較

日本語のニュース等における“ソーシャルディスタンシング”の用例は“ソーシャルディスタンス”よりも数が少ないように思えるが、次のような言い方が観測される。

  • ソーシャルディスタンシングを実施する
  • ソーシャルディスタンシングを促進する
  • ソーシャルディスタンシングを維持する
  • ソーシャルディスタンシングを続ける
  • ソーシャルディスタンシングの取り組み
  • ソーシャルディスタンシングの措置
  • ソーシャルディスタンシングの維持
  • ソーシャルディスタンシング対策
  • ソーシャルディスタンシングする

おもしろいことに、“ソーシャルディスタンシング”で検索すると語義を解説したページが複数ヒットする。原語に立ち返って調べてみた結果なのであろうか。

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最終的に“ソーシャルディスタンス”と“ソーシャルディスタンシング”のどちらが定着するだろうか。どうも“ソーシャルディスタンス”のほうが広まっていきそうな印象だが、そうすると和製英語の誕生と定着をリアルタイムに観測できた、ということになりそうである。

次に“社会的距離”ということばについて雑文を書こうと思ったが、長くなってきたので今日のところはこのあたりで筆を止めておく。

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