ネットで使えるWeblio『白水社中国語辞典』~使い方と注意点~

伊地知善継編『白水社中国語辞典』は2002年に白水社より出版された中日辞典である。現在新品の本は手にはいらず、出版社の白水社のウェブサイトにも情報が掲載されていない。古本の流通量もあまり多くないようである。しかし、今はこれがネット上で無料で使えるようになっている。Weblioのウェブサイトがそれで、見出し語だけでなく用例からも検索できるようになっている。

白水社中国語辞典
『白水社中国語辞典』

『白水社中国語辞典』の現物は写真のとおりである。2002年初版でページ数(附録込み索引除く)は2178ページ。これほどのボリュームの辞書がネットで無料で使えるとは、とてもありがたい。文法的な解説に定評があるし、なにより内容に信頼のおける辞書であるからだ。

ただ、ネットで引く際に注意したいことがひとつある。それは、辞書を買ったらまず最初に目を通しておきたい「序文」や「凡例」をネット上では見ることができないことだ。これでは品詞分類や発音記号などの決まりがよくわからない。とりあえず単純に単語の意味だけざっと確認したい場合はそれほど問題はないかもしれない。しかし、厳密に文意を解釈したい場合などには、辞書の決まりごとを知っておく必要がある。

この記事では、Weblioの『白水社中国語辞典』を使ううえでの注意点をまとめたみた。以後、『白水社中国語辞典』の略称として『白水』と書く。『白水』独自のものか、他の辞書と共通しているかといったことも見るため、以下三冊の辞書の凡例も参考にした。

  • 『中日辞典(第3版)』小学館 - 略称:『中日』
  • 『東方中国語辞典』東方書店 - 略称:『東方』
  • 《现代汉语词典(第7版)》商务印书馆 - 略称:『現漢』
左から『白水』(2002年)、『中日』(2016年)、『東方』(2004年)、『現漢』(2016年)

発音記号の注意点

声調変化

二字以上の語になったときに声調変化が起こる場合であっても、ピンインはすべてもとの声調のまま書かれている。

声調変化に関しては‘一’‘不’を含めて、すべて文字通りの声調を付しており、後に何声の字が来るのかは考慮していない。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「本辞典の形式」20ページ

たとえば、“一”と“不”は後ろの字の声調によって声調が変化するが、辞書としての表記は、どの字とつながっても“一”のピンインは「yī」のまま、“不”のピンインは「bù」のままで書かれている。教科書などでは【一路】は「yílù」、【不断】は「búduàn」と書いてあるのがふつうだが、『白水社中国語辞典』ではもとの声調のままという規則にしたがい、【一路】には「yīlù」、【不断】には「bùduàn」というピンインが付されている。

これは、【一路】を「yīlù」、【不断】を「bùduàn」のように発音しなさいということではなく、声調変化の法則は自分で覚えておいて、実際に発音する際には注意して自ら変化させよということである。この姿勢は『中日』『東方』『現漢』ともに同じである。

軽声

中国語で軽声をともなう単語はある程度決まっているが、実際の言語環境では揺れが見られる。同じ単語でも人によって軽声で発音するか本来の声調で発音するか、異なる場合がある。そのような言語現象の記述について、『白水』は次のような態度をとっている。

‘喜欢 xǐ・huan’の‘欢’のように、必ず軽声になるものは、前に‘・’をつけ、声調記号はふっていない。それに対して‘下去’の‘去’のように軽声になることもあれば、ならないこともあるものには‘xià・qù’のように‘・’をつけると共に声調記号も付してある。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「本辞典の形式」20ページ

つまり、「xǐ・huan」のように「・」の後に声調記号のない「huan」が来ている場合は、「huan」を軽声で発音するのがふつうということである。「xià・qù」のように「・」の後に声調記号のある「qù」が来ている場合は、「qù」と声調をともなって発音することもあるし「qu」と軽声で発音することもあるということだ。

この表記の仕方は『白水』だけでなく『東方』『現漢』ともに同じであるが、『中日』のみ異なる。『中日』の凡例には次のとおり書いてある。

軽声には、声調記号を付けない。
 例:桌子 zhuōzi

北京商務印書館・小学館編(2016)『中日辞典(第3版)』小学館 「この辞典の使い方」6ページ

この点に限り『中日』は不親切である。たとえば、【因为】は『中日』に「yīnwei」とだけ書いてある。これだけ見ると、「wei」は必ず軽声で発音しなければならないような気になってしまう。一方、『白水』『東方』『現漢』はみな「yīn・wèi」と書いてある。これはうしろの【为】を「wei」と軽声で発音することもあれば「wèi」と声調を入れて発音することもあるということだ。たしかに、実際の音声を聞くと「yīnwei」のように「wei」が軽声になる人もいれば、「yīnwèi」のように「wèi」を四声で発音する人もいる。「wei」と「wèi」のどちらが間違いということでもないので、その二つの可能性を明記した『白水』『東方』『現漢』はより親切だといえるだろう。もし辞書は『中日』しか持っていないという場合、軽声に関しては、ネットで『白水』をいちど確認してもよいと思う。

分離動詞(離合詞)の発音記号

分離動詞とは、基本的には二字の動詞であるが、間にさまざまな成分が入ってくる単語のことである。中国語で【】と呼ばれるため、それをそのまま日本語にした「離合詞りごうし」ということばもよく使われるが、『白水』ではこれを分離動詞と呼んでいる。

呼び方はさておき、二字の動詞が分離動詞であることを示すため、『白水』は次のように発音記号(ピンイン)の間に「//」を入れている

単語(複合語)と見なすべきか、フレーズと見なすべきかの問題が最も顕著に現われているのが分離動詞である。分離動詞とは、間に様々な成分の挿入を許す一群の動詞である。(中略)
本辞典では、‘suí//biàn’のように‘//’を挿入し、分離形であることを示した。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「文法概説」9~10ページ

いくつかの動詞を試しに引いてみよう。分離動詞の例は次のとおりである。

  • A: 结婚 jié//hūn
  • B: 见面 jiàn//miàn
  • C: 起床 qǐ//chuáng
  • D: 报名 bào//míng
  • E: 帮忙 bāng//máng

分離動詞の発音記号の間には「//」が入っていることがわかる。次に、分離動詞でない動詞の例を見ておこう。

  • F: 知道 zhī・dào
  • G: 使用 shǐyòng
  • H: 休息 xiū・xi
  • I: 通知 tōngzhī
  • J: 注意 biǎoshì

注意しておきたいのは軽声の記号との混同だ。Fの【知道】とHの【休息】には、発音記号の間に「・」が入っている。これは前の軽声の箇所で見たとおり、うしろの字が軽声であることを表わしている。分離動詞は「//」であるため、ここは混同しないように注意しておきたい

なお、中国語の辞書では、どこまでを見出し語として収録するか、微妙なところがある。英語と比較すると信じられないかもしれないが、中国語は単語の範囲が不明瞭で、単語認定が非常に難しいのだ。特に分離動詞ではこの問題が顕著に生じる。この問題に対する『白水』の態度は次のとおりである。

分離動詞は〔動詞+目的語〕からなるフレーズに連続するものが多い。どこまでが分離動詞でどこからがフレーズなのかの判断は恣意的である。本辞典では‘读书’は分離動詞と見なし、項目として立てて、動詞であることを示すの記号を付しておいた。それに対して‘看书’は二つの単語の臨時的結合と見なし、単音節動詞‘看’の説明の中に用例として収め、項目として立てることはしなかった。
なお、‘//’を挿入していないものでも、特に話し言葉では、例えば‘我读我的书,你学你的习。’の‘学习’のように、対比的に用いられるなどして、臨時的に分離することがある。このような厳しい制限の下においてのみ起こる分離は、なお一般的ではないと考え、本辞典では分離形を認定する基準とはしなかった。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「文法概説」10ページ

どういうことかというと、単語と単語の組み合わせがフレーズであるから、もしフレーズを全部辞書に載せようとしたら、大量の単語と単語の組み合わせを載せなければならず、2000ページどころか2万ページでも足りなくなってきてしまう。【看+■】の組み合わせについても、全てを見出し語に立てることは不可能であるから、【看书】のような表現は用例の中に入れた。しかし【读书】は(「学校で勉強する」という比喩義もあることから)分離動詞とみなし、見出し語とした。たまに分離しない動詞も臨時的に分離することがあるが、それはいちいち辞書に入れていない、ということである。

だから、もし『白水』で〔動詞+目的語〕の形式のことばを調べても出てこなかったら、それは単語ではなくフレーズと見なされているということなので、動詞と目的語の両方を調べてみるとよい。また、もし離合詞のようなふるまいをしている動詞を調べても発音記号に「//」が入っていなかったら、それは臨時的な分離であることを疑ってもよいだろう。

他の辞書と比較すると、『中日』『東方』『現漢』のいずれも発音記号の間に「//」を挟むことで離合詞を表わしている。これは『白水』含め、四冊とも同じ表記の仕方である。ただ、表記の仕方が同じでも、何を離合詞と見なすかは辞書によって異なる。たとえば、【登记】は『白水』と『東方』が発音記号を「dēngjì」としており、離合詞と見なしていない。一方、『中日』と『現漢』は「dēng//jì」で、離合詞とみなしている。これは、分離の程度についてどこまでを臨時的とみなすかが、編者によって異なるからであり、一概にどちらが間違いであるとは言えない。おかしいなと思ったら複数の辞書を確かめてみるのもよいだろう。

方向補語の発音記号

方向補語の発音記号は、分離動詞に準ずる表記になっている。例をいくつか見てみよう。

  • A: 上 //・shàng
  • B: 下 //・xià
  • C: 上去 //・shàng//・qù
  • D: 下去 //・xià//・qù

【上】が動詞の場合、発音記号は「shàng」のみであるが、方向補語の場合、「//・shàng」のように書いてある。これは、【■上】のように【上】の前に動詞が来て、後ろに【上】がついて〔動詞+方向補語〕のかたちになる。そして、後ろの【上】は「・shàng」であるから、声調をともなって発音することもあれば、軽声になることもあるということだ。

【上去】のような二字の方向補語の場合はもう少し複雑で、発音記号は「//・shàng//・qù」と書いてある。これは、【■上去】のように【上去】の前に動詞が来て、後ろに【上去】がついて〔動詞+方向補語〕のかたちになる。さらに「・shàng//・qù」と「・shàng」と「・qù」の間にも「//」があることから、目的語が【上】と【去】の間に入ることもある。たとえば【爬上树去】(木に登る)のような言い方があるということだ。

他の辞書と比較すると、方向補語の発音記号について『東方』と『現漢』は『白水』と同じである。『中日』は【上去】なら「shàng//qù」のように、特に方向補語だからといって特別な表記にはなっていない。しかし、方向補語の発音の仕方について『中日』はことばで詳しく解説している。『白水』『東方』『現漢』における方向補語の発音表記がわかりにくい場合は『中日』を引いてみるとよいだろう。

品詞分類に関する注意点

動詞の名詞用法

中国語の品詞分類は頭の痛い問題である。なぜなら、中国語は形態変化に乏しいため、同じ形のまま動詞になったり名詞になったりする単語があるからだ。たとえば、英語であれば「develop」は動詞、「development」は名詞のように、「-ment」がつけば名詞のように、品詞の区別が見てわかる場合が多いが、中国語には次のような問題があると『白水』は言う。

中国語は語形変化もせず、品詞に応じて語が特有の形をしているということもないので、専ら語の機能を基準として品詞の分類がなされる。しかも、その歴史は浅く、その基準・方法なども一定していない。(中略)中国語の場合、特に問題になるのが動詞や形容詞の「名詞化」である。例えば、‘学习’は、‘现在他学习外语呢。’(今、彼は外国語を勉強している)では動詞であるが、‘他从小儿就喜欢学习。’(彼は小さい時から勉強が好きだった)では名詞化しており、形容詞‘廉洁’は‘我们在政府工作中,应该是十分廉洁。’(我々は政府の仕事に当たり、十分清廉でなければならない)においては形容詞であると考えられるが、‘他的廉洁感动了群众。’(彼の清廉さは大衆の心を打った)においては名詞になっているという議論である。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「文法概説」8ページ

『白水』がわざわざ「名詞化」とカギ括弧つきにしたり、最後に「という議論である」としているのは、この言い方に誰もが賛成しているわけではないからである。もう少しわかりやすくするため、次の2つの文を比較してみよう。

  • A:我学习中文。(私は中国語を勉強する)
  • B:我喜欢学习。(私は勉強することが好きだ)

Aの文では【学习】が動詞で、【中文】を目的語にとっていることは疑いがない。しかし、Bの文では【喜欢】が動詞であることはともかく、【学习】が動詞のままで【喜欢】の目的語となっているか、【学习】が名詞化して【喜欢】の目的語となったのか、はたまた【学习】が動詞と名詞を兼ねているのか、など、説明の仕方は人によってさまざまである。

もちろん「説明の仕方は人によってさまざまだね」で終わらせてしまったら辞書の役目を果たすことはできない。辞書として、ある一定の基準でもって品詞を表示しなければならない。『白水』は次のようにことわっている。

 本辞典では、中国語の2音節以上の動詞や形容詞が、主語や目的語などの位置に来て「勉強すること」「清廉であること」のようにコト化するのは動詞や形容詞の本来的な機能であると考え、名詞の表示はしなかった。ただし、例えば‘报酬’は「報酬,謝礼」の意味と「報酬を払う」の意味を持っているが、前者は「モノ」を表わし、後者は「コト」を表わすという意味の差は無視できないものと考え、‘报酬’の項目の下に名詞と動詞の用法・意味を分けて説明した。同様に‘空洞’は名詞「空洞」と、「内容がない」の意味の形容詞は別の語であると見なし、二つの項目を立てた。しかし、このような処理は首尾一貫したものではあり得ない。
 そのような問題はあるものの、品詞が種々の単語の文法的性質・用法・意味などを見通すための手助けになることは疑いのないところである。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「文法概説」8-9ページ

つまり、ある動詞の動作が「~すること」の意味で主語になったり目的語になる場合、それをわざわざ名詞と分類せず、動詞のままとするという意味である。【报酬】が動詞のほかに名詞認定されているのは、「報酬を払うこと」すなわち「払う動作」以外に、「(払われる)報酬」のように動作の対象の意味をもつからである。動作の対象以外に、動作の主体の意味をもつ場合も名詞認定されている。【教练】は「訓練する/コーチする」という意味の動詞であるが、これが「訓練すること/コーチすること」になる場合には動詞のままで、「訓練させる人/コーチ」という動作の主体としての意味では名詞としている。このあたり少しややこしいが、『白水』で動詞を調べる際に、ほかに名詞認定もされているかどうかという視点で見てみるとおもしろいだろう。

形容詞のタイプ

中国語の形容詞をおおざっぱにわけると二つのタイプにわけられる。一つは述語になれるもの(タイプ①)、もう一つは述語になれないもの(タイプ②)である。両方とも名詞を修飾することはできるが*[1]厳密に言うと、【行】や【对】のように名詞を直接修飾できない形容詞もあるが、数が多くないのでふつうは独立した分類項目を立てることまではしない。、述語になれるか否かが異なる。ざっくり言うとタイプ①はふつうの形容詞、タイプ②はちょっと特殊な形容詞だ。後者の述語になれない形容詞は、中国語を使ううえで注意を必要とする。昔から多くの議論があり、その名前も論者によって異なる。まずタイプ①の例を見てみよう。

  • A:我很高兴。Wǒ hěn gāoxìng.(わたしはとてもうれしい)
  • B:今天有点儿。Jīntiān yǒudiǎnr lěng.(今日はちょっと寒い)
  • C:交通不方便。Jiāotōng bù fāngbiàn.(交通は不便だ)
  • D:风 dà fēng(強い風)
  • E:很的风 hěn dà de fēng(強い風)
  • F:有没有更便宜的? Yǒu méiyǒu gèng piányi de?(もっと安いのはないの)

AとBは、形容詞【高兴】と【冷】が【很】や【有点儿】の修飾を受け、述語になっている例である。Cは形容詞【方便】が【不】の修飾を受け、【方便】を術語とした否定文になっている。Dは形容詞【大】が単独で名詞【风】を修飾している例、Eは【的】をともなって【风】を修飾している例である。Fは【便宜的】と【便宜】が【的】とつながって「安いもの」という名詞になっている例だ。これらは一般的な形容詞の特徴である。

一方、タイプ②の形容詞はタイプ①の形容詞と共通する性質もあるが、異なる特徴もある。以下G~Lはタイプ②の例である。

  • G:*他很。×[これは言えない]
  • H:*她有点儿。×[これは言えない]
  • I:*这件事不主要。×[これは言えない]
  • J:老师 Nǚ lǎoshī (女の先生)
  • K:高档(的)家具 Gāodàng (de) jiājù (高級な家具、高級家具)
  • L:新来的老师是的。Xīn lái de lǎoshī shì nán de.(新しく来た先生は男だ)

【男】と【女】は日本語では名詞であるが、中国語では形容詞である。しかし形容詞だからといって述語になれず、GとHのような言い方はできない*[2]最近のネット用語や話言葉などではGとHのように【男】や【女】を述語として使う言い方も出てきているが、規範的な文法としては破格である。。一方、Jのように形容詞【女】が名詞【老师】を直接修飾することができるし、Kのように【的】をともなう場合もある。Lのように形容詞【男】と【的】をつなげて「男の人」のように名詞的な意味になる例もある。このように、名詞を修飾する(連体修飾する)ことはできるが、述語になれない形容詞のことを中国語でfēiwèixíngróng非述形容詞ひじゅつけいようし)あるいはbié区別詞くべつし)もしくはshǔxìng属性詞ぞくせいし)と呼ぶ*[3]動詞と形容詞はふつうは述語になれる品詞であるため、この二つを【wèi】(日本語で述詞じゅつし)と呼ぶこともある。タイプ②の形容詞を非述形容詞と名付けてしまうと、述詞の下位分類に形容詞があり、形容詞のさらに下位分類に非述形容詞があることになり、「述詞のなかに非述形容詞がある」というなんとも矛盾した表現になってしまう。よって、現在は区別詞もしくは属性詞のほうを使うことが多い。

前段が長くなったが、『白水』はタイプ①の形容詞を形容詞と表示し、タイプ②の形容詞を形容詞〔非述語〕と表示している*[4]ネット版『白水』では形容詞だが、紙の辞書はと後ろの「~容詞」が省略されている。。どちらも形容詞であることには変わりがないが、タイプ②のほうに〔非述語〕と明記されていることに注意が必要である。

比較のために他の辞書を見ると、この形容詞のタイプについての表示方法はさまざまであることがわかる。『中日』はタイプ①も②もどちらもとするのみだ。『東方』はタイプ①を[形]、タイプ②を[区]のように区別している。『東方』の[区]は「区別詞」の[区]である。『現漢』はタイプ①をとするが、タイプ②を 属性词のように、後ろに「属性词」と明示している。

付属形態素

『白水』で一字の見出し語を見るときに注意したいのが付属形態素という表示である。これは少しわかりにくい概念なので、『白水』がどのように書いているか確認しておこう。

中国語を表記する漢字は、原則として一字一字が意味を持っている。意味を持っている最小の単位を形態素(中国語では‘语素’)と言う。形態素は、自立性という点から大きく二分される。そのままで文を作る材料、すなわち単語として用いることができる自立性の高いものと、他の形態素と結合してはじめて単語となることができる自立性の低いものである。前者を自立形態素(=単音節単語)、後者を付属形態素あるいは付属形式と呼ぶ。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「文法概説」7ページ

例をまじえて見てみよう。

  • A:春が来た。→ ○春天到了。 ×到了。-【春】は付属形態素
  • B:耳そうじをする → ○清洁耳朵 ×清洁【耳】は付属形態素
  • C:手を洗う → ○洗【手】は自立形態素

中国語の【chūn】は付属形態素で、単語ではない。日本語の「はる」は単独で使えるので勘違いしてしまいがちだが、中国語で「はる」と言いたければ【春天chūntiān】とまで言わなければならない。

中国語の【ěr】も同様に付属形態素であって、単語ではない。日本語の「みみ」はそのまま単語として使えるが、中国語では【ěr】は単独で使えず、【耳朵ěr・duo】まで言う必要がある。

一方、中国語の【shǒu】は自立形態素であるので、日本語の「」と同様、単独で使える単語である。

つまり、○○詞のように品詞が書かれておらず、付属形態素と書かれていたら、それは単独では使えないと考えてよい。必ず他の字とくっついてはじめて単語になれるということだ。しかし、付属形態素であっても成語の一部になる時など、単独で使えるように見える場合もある。

  • D:春暖花开 chūn nuǎn huā kāi(花が咲きおだやかで暖かな春)
  • E:耳目一新 ěr mù yì xīn(目や耳にすることが新しくなり、新鮮に感じる)

ここは辞書によって意見のわかれるところである。『白水』はDとEのような【春】と【耳】を両方とも付属形態素とする。『中日』はとし、「注意話し言葉では通常は単独で用いず」と注意書きしつつ【春天】あるいは【耳朵】を示している。『東方』は[名▲]と品詞の後ろに▲をつけているが、これは「親文字で、現代語では単独で語とならない字についても、複合語の中での働きや文章語中での働きを考慮して、同じく品詞分類を行った」からだという*[5]東方書店,北京・商務印書館共同編集 相原茂・荒川清秀・大川完三郎主編(2004)『東方中国語辞典』東方書店 「凡例」10ページ。『現漢』は特に何のことわりなくとするのみである。『現漢』だけ見ると「春到了」でもよさそうに見えるため、注意が必要である。

用例を見るときの注意点

文語と方言

『白水』の用例の中で使われている記号は、だいたい見れば理解できると思う。しかし初見ではなんの記号か全くわからないのが不等号の記号「≦」「≧」だろう。例として三つの見出し語を見てみよう。

【明日】míngrì《書》明日. ≦明天.
【啥】shá《方》 何. ≦什么 shén・me.
【白菜】báicài 〔‘棵・株’+〕白菜. ≒大白菜. ≧菘菜《方》.

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 上から 948, 1226, 26ページ

さて、これだけで「≦」と「≧」が何を表わしているかわかっただろうか。やはりここは『白水』の凡例の箇所をちゃんと見ておきたい。

≦|文語・方言に対し現代語・共通語を示す
≧|共通語に対し方言を示す

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「本辞典の形式」22ページ

たとえば、【明日】は《書》すなわち「文語文(昔の書き言葉)」であり、【明日】にあたる現代語は「≦」で示された【明天】である。【啥】は《方》すなわち「方言」であり、【啥】にあたる共通語は「≦」で示された【什么】である。【白菜】は共通語であるが、「≧」で示された【菘菜】は方言である。

この不等号の記号は他の辞書にはないもので、『白水』に独特のものである。

なお、『東方』は方言について、《上海》《河南》のように地域までも示している。これは他の辞書では見られないため、『東方』独自のものと見てよいだろう。

用例の文法構造

『白水』は用例に文法構造を示している。これは、他の辞書にはない、『白水』の最大の特徴である『白水』が出版後18年たった今なお愛用されている理由は、用例の文法構造を的確に示しているからだと言っても過言ではない

ではその文法構造をどのように示しているか。まずは紙の『白水』で【拿】を引いてひとつめの意味を見てみよう。

【拿(拏)】 ná
1 (手などで)物,取る,つかむ ¶ 从书架上~了一本书。〔+目〕=書棚から本を1冊取った. / ~馒头吃。=マントーを手に取って食べる. / 手里~着一本书。〔主(場所)+~+ ・zhe +目〕=手に本を1冊持っている. / 他把帽子~在手里。〔‘把’+目1+~+‘在’+目2(場所)〕=彼は帽子を手に持っている. / 他从口袋里~出来十块钱。〔+方補+目〕=彼はポケットから10元取り出した. / 你买的是什么?~过来给我看看。〔+方補〕=君の買ったものは何か?持って来て見せてください.

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 964ページ

紙の『白水』は用例の中では見出し語を「~」で表示している。つまり、「从书架上了一本书」は「从书架上了一本书」のことである。後ろの〔+目〕は文法構造の解説で、この用例は【拿】が目的語をともなう文型であることがわかる。三つめの用例はより複雑だ。「他把帽子拿在手里」は〔‘把’+目1+拿+‘在’+目2(場所)〕と示されているように、「把」構文を使った【拿】の用例である。ふつうの辞書は用例には例文とその日本語訳を示すのみで、文法構造までは教えてくれないので、これは『白水』の独擅場である。

ネット版の『白水』で同じ箇所を見てみると、次のように表示されている。

拿(拏)
ピンイン
1 動詞 (手などで)持つ,取る,つかむ.
用例
●从书架上拿了一本书。〔+目〕=書棚から本を1冊取った.
●拿馒头吃。=マントーを手に取って食べる.
●手里拿着一本书。〔主(場所)+拿+ ・zhe +目〕=手に本を1冊持っている.
●他把帽子拿在手里。〔‘把’+目1+拿+‘在’+目2(場所)〕=彼は帽子を手に持っている.
●他从口袋里拿出来十块钱。〔+方補+目〕=彼はポケットから10元取り出した.
●你买的是什么?拿过来给我看看。〔+方補〕=君の買ったものは何か?持って来て見せてください.

Weblio 白水社中国語辞典 https://cjjc.weblio.jp/content/%E6%8B%BF (閲覧日:2020/7/26)

紙版と比較してわかるとおり、ネット版は用例がリスト形式で列挙されており、紙版よりずっと見やすくなっている。また、紙版で「~」と省略されていた見出し語は、用例の中でもちゃんと表示されており、いちいち脳内で変換する必要なく、ひとめでわかるようになっている。

紙版はスペースの関係上、省略したり間を詰めたり、見やすさを多少犠牲にする必要がある。しかしネット版はそのような制約がないため、より見やすくなっている。これはネット版を使ううえでのメリットのひとつであろう。

『白水社中国語辞典』の来歴

『白水』の序文にあたる「まえがき」の1ページめは次のような出だしで始まる。

本辞典の主編者伊地知善継は2001年4月13日に82歳でこの世を去っている。(中略)主編者は辞典の98パーセントを完成させ、「まえがき」と「文法概説」については、断片的に語ることはあっても、ついに文字化することなくこの世を去った。(中略)この辞典は、その50年にも及ぶ伊地知善継の心血の結晶であり、ライフワークである。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「まえがき」1ページ

「まえがき」は主編者ではなく、編者のひとりである中川正之により書かれている。この「まえがき」によると、主編者は『白水』の完成を見ることなく他界してしまった。その完璧なまでの内容へのこだわりは、辞書の刊行を大幅に遅らせてしまうほどだったという。

主編者の真摯でひたむきな姿勢は、やはり用例の豊富さ、用例の文法構造の提示といったところに現われている。それは次のような背景による。

言語学的にはアメリカ構造主義の影響を受け、個別的事例を重視し、丹念に事例を収集した。性急な一般化・普遍化・抽象化は好むところではなかった。それにはアメリカ構造主義言語学と共に、清朝考証学的色彩を濃厚に持っておられた『岩波中国語辞典』の主編者倉石武四郎博士の影響もあるように思われる。
伊地知善継は、語の基本的意味ともいえる語義を記述するには、ある程度の抽象化が必要であることを認めていた。しかし、その基本的意味は、具体的文脈を通して初めて現実化するものと考え、ある語の意味を正確に記述するためには、多くの具体例、すなわち例文が欠かせないと主張して譲ることはなかった。このような信念は、この辞典の随所に見られるはずである。

伊地知善継編(2002)『白水社中国語辞典』白水社 「まえがき」5~6ページ

主編者はさまざまな媒体を通して用例を採集し、ことばへの関心だけでなく、中国社会一般に対する関心ももちつづけたという。『白水』の用例は、無理やりに作った例文の寄せ集めではなく、そのような広範囲にわたる実例から集めたより生きた中国語といえるだろう。20年近くたった今でも、十分に実用的である。

ネット版には見られないが、紙版の附録には、「中央政府機構図」「軍隊の階級」「専門職の職名・資格名一覧」「公務員の等級」など、ほかの辞書では見られないような内容が収録されている。確かに、これらは時とともに変わることはあるため、現在も全く同じとは言い切れない。しかし、このような内容を一覧で示した辞書は他になく、今の時点でも大いに参考になる。この附録の内容は、中国の情報を見るうえでは欠かせない知識だ。これらは、中国社会への関心の高さによる幅広い実例からの用例採集によって得られた成果であるともいえよう。

ネット版のメリット

紙の辞書でなければ見られないものについては、文中で逐一紹介してきた。では、ネット版のメリットとは結局のところ何であろうか。重複する部分もあるが、再度まとめておこう。

  • 用例が見やすい
    用例がリスト形式になっていて非常に見やすい。紙版で「~」と省略される見出し語も省略されず、ちゃんと字が入っている。
  • 用例検索ができる
    デフォルトで「と一致する」となっているタブを「を解説文に含む」にして検索すると、用例内も検索できるようになる。たとえば「方補」と入れてタブで「を解説文に含む」を選んで検索すると、方向補語を使った用例がずらりと並ぶ。
  • 記号が詳しくなっている
    たとえば紙版で《外》は「音訳語」のことである。初見では語釈に《外》とだけ書いてあってもなんだかよくわからず、凡例を見る必要があるが、ネット版では省略していないほうの「音訳語」を表示しており、いちいち凡例を見返す必要がない。その他品詞なども省略せずに示されている。
  • 紙の辞書を持ち運ばなくていい
    ネットにつなげる環境があればいつでも見られる。紙の辞書は重いしスペースを取るが、ネット版ならスマホやPCがあればすぐにアクセスできる。

これほどの辞書がネットで無料で見られるとは、なんとも幸せな時代になったものである*[6]AndroidではWeblio中国語のアプリも出ている。iOSには今のところWeblio中国語のアプリはない。。中国語を学習されている方々にぜひとも活用してもらいたい。

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1. 厳密に言うと、【行】や【对】のように名詞を直接修飾できない形容詞もあるが、数が多くないのでふつうは独立した分類項目を立てることまではしない。
2. 最近のネット用語や話言葉などではGとHのように【男】や【女】を述語として使う言い方も出てきているが、規範的な文法としては破格である。
3. 動詞と形容詞はふつうは述語になれる品詞であるため、この二つを【wèi】(日本語で述詞じゅつし)と呼ぶこともある。タイプ②の形容詞を非述形容詞と名付けてしまうと、述詞の下位分類に形容詞があり、形容詞のさらに下位分類に非述形容詞があることになり、「述詞のなかに非述形容詞がある」というなんとも矛盾した表現になってしまう。よって、現在は区別詞もしくは属性詞のほうを使うことが多い。
4. ネット版『白水』では形容詞だが、紙の辞書はと後ろの「~容詞」が省略されている。
5. 東方書店,北京・商務印書館共同編集 相原茂・荒川清秀・大川完三郎主編(2004)『東方中国語辞典』東方書店 「凡例」10ページ
6. AndroidではWeblio中国語のアプリも出ている。iOSには今のところWeblio中国語のアプリはない。
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